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おとうろう祭り 祭礼幟
祭礼の幟は、本来、神の衣代(よりしろ)として立てられたものが原型であった。布の上辺と側面に乳(ち)をつけ、竿に通して立てる形式のものが一般的に見受けられるものであるが、この形式は千四百五十六年の萱振(かやふり)合戦で、畠山政長が敵味方を区別するため、この形の幟に仕立てたことがはじめと伝えられている。
この幟は江戸幕府の軍艦奉行・陸軍総裁を歴任し、また、戊辰戦争で幕府方代表として官軍方参謀の西郷隆盛と交渉し、江戸無血開城を実現した勝海舟、六十七歳の揮毫(きごう)である。勝は能筆家として知られ、時代の激流に自ら身を置いて自局と対峙した人物だけに、その書は気概が横溢(おういつ)している。
せいかはここによりてとおくおおぎ
聖 化 憑 茲 遠 扇 明治廿三年
四月吉日
そのこうはこれをかりてながくかかる
其 功 藉 此 長 懸 慶 需 印 印
海舟勝安房俳書
「聖人が人々を教化するには、愛宕神社の神々のご加護を拠りどころにして遠くまで扇広め、その功徳は、神々の恩恵を借りて末永く人々の心に託するものとなるであろう。」
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